弁護士コラム - COLUMN

2015年2月20日

「バランス感覚ということ」

バランス感覚の有無が問題にされることがある。
バランス感覚とは、各人によって異なるはかりを
いうのであろうか。

 

バランス感覚によく似た言葉としては、「通常人の常識」や
「その職業にとっての常識」というようなものがある。

 

なぜ、バランス感覚が問題とされるのか。
バランス感覚自体は、極めて曖昧な言葉である。
強いて、バランス感覚という言葉に込められた意味を表現
するならば、物事の収まりが良いとか悪いということではないだろうか。
バランスが良く物事が収まると、バランス感覚がとれているという表現が
使われるような気がする。

 

大上段に振りかぶらなくても弁護士が望むところは、その事件の解決が
収まるところに収まることだと思っている。

2014年9月4日

「27年前の民事裁判の実務修習について」

私の実務修習時は、仙台でした。
実務修習の最後が民事裁判で
仙台地方裁判所第二民事部に配属になりました。
第二民事部の部長は、判事と検事の交流で
検事から裁判官になった人でした。
その部長判事は、訴状を読んで結論が出るという
噂の人でした。

 

ある時、具体的事情は忘れたが、借用書に基づく
請求が認められるか否かの起案を命じられたことがありました。
私は、借用書通りの請求を認める判決を作成しました。
ところが、その部長は私の作成した判決を見て、
「この借用書は、本気で書いたものではないから
請求は認められない。」と話しました。
私は、とても戸惑い
「本当にそのような考え方ができるのだろうか。」と
思いました。
部長は、私の顔を見て「法律構成を言うならば、
強制執行免脱特約付金銭消費貸借契約ということに
なるのだろう。」と教えてくれました。
私は、「本当にそうなのか。」と疑問に思いつつもそのような
構成もあるのだろうと思いました。

 

後期修習で司法研修所に戻った私は、ある時
民事弁護の起案の問題をみたら、
まさしく部長が解説してくれたのと同様の事案でした。
私は、部長の考え通り強制執行免脱特約付金銭消費貸借契約
との起案をしました。
起案の講評において、民事弁護の教官は私の顔を見て
笑いながら「強制執行免脱特約付金銭消費貸借契約ですね。」と
言いいました。
たぶん、500人を超す修習生の起案の中で、
「強制執行免脱特約付の起案」をしたのは、
私だけだったろうと思っています。
少なくても、民事弁護の教官の私の起案に対する評価は
極めて高かったと思っています。

 

ところで、最近十分な審理の無いままに結論を急ぐ裁判官が多いと思います。
私は、その裁判官に部長のように
「何故そうなるのか。」
の説明をしてもらいたいといつも思います。
私の中でも、不完全燃焼は高まる一方です。

2014年8月11日

「仙台七夕の花火」

長い間、東京で司法試験の受験勉強をしていた私は、
隅田川の花火が再開されても、見に行く余裕もありませんでした。
昭和61年秋に司法試験に合格し、昭和62年4月に司法研修所に入所し、
同年7月初めころ実務修習地である仙台に配属になりました。

 

私が、仙台で最初に居を構えたのは大橋側の花壇の先でした。
七夕の前日、アパートの前に椅子を引っ張り出して、
花火を見た時、空いっぱいに広がる花火に、
私は自分もこのような花火を見れる立場になったのだと感動しました。

 

それから仙台で弁護士になり、26年目が経ちました。
私のマンションからは、花火大会の花火がマンションの影になって
ほとんど見えませんでした。

 

ところが、今年の花火大会は、地下鉄の工事のために
花火の打ち上げ場所が移動になりました。

 

花火を打ち上げる当日、ベランダに出て花火があがる方向を見たところ、
なんと、花火がきれいに見えたのです!!

 

私は、花火を見て、仙台に来て最初に花火を見た時の気分になりました。
あれから、25年の月日が経ちましたが、
新たな気持ちで、これからを生きようとしている私にとっては、
一番の祝福ではなかったかと思います。

 

これからの自分が、一層頑張れるような気持でいます。

2014年8月8日

「故廣崎尚孝氏のお別れの会に参加しました」

平成26年5月16日にご逝去なされた
故廣崎尚孝氏のお別れの会が
平成26年7月22日兵庫県西宮市甲子園にある
ノボテル甲子園でしめやかに営まれました。

 

故廣崎尚孝氏は、ニチイの専務取締役として
関西の経済界の重鎮でした。
私と故廣崎尚孝氏との関係は、
平成11年2月頃から同年12月頃まで、
損害賠償請求をしてきた相手方の代表者としての出会いでした。
私の故廣崎尚孝氏に対する最初の印象は、
大勢の人たちの一番奥にいて、
周囲の人よりも一段と高いところに座っているという印象でした。

 

その10ヶ月にも及ぶ損害賠償請求の交渉は、
当職の言い分をすべて故廣崎尚孝氏が受け入れたことにより、
金3億円の損害賠償が予想されたにも関わらず、
預り金3000万円の返還と金600万円の損害賠償金の支払いで終わりました。
相手方の有力者は、当職に敏腕だといいましたが、
私は故廣崎尚孝氏が、私を成長させたいとの気持ちからの
思いやりだったと思っています。

 

その後、年賀状の交換とお歳暮の交換をしていましたが、
ほとんどお目にかかることもありませんでした。
ところが、平成25年の元旦に故廣崎尚孝氏から
大きなハート形のアップルパイがお年賀として届けられました。
私は、少し戸惑いましたが、
どうしても会いたいという故廣崎尚孝氏の意思表示と考えて、
故廣崎尚孝氏に4月頃には神戸に遊びに伺いたいという連絡をしました。

 

私の手紙に喜んだ故廣崎尚孝氏は、
自分は車いすで介護の人が必ず付くけれども、
それでも良いかと何度も念を押してきました。

 

いざ私が伊丹空港に降りて、
故廣崎尚孝氏とお会いした時、
故廣崎尚孝氏は、車いすなどではなく、
ステッキをついてしっかりと立って、
私を迎えてくれました。

 

それから3日間、私とずっと行動を共にして
西宮のいろいろなところを案内して頂きました。

 

2人にとって、忘れられない時間だったと思っています。

 

その後、故廣崎尚孝氏からの便りは、
少しづつ体が弱ってきているのが、
手に取るように分かりました。

 

平成26年5月16日は、
私が故廣崎尚孝氏に紹介した弁護士が
仙台に講演に来るという日でした。
私が故廣崎尚孝氏の逝去を聞いたのは、
大阪を飛び立とうとしているその弁護士からでした。

 

故廣崎尚孝氏のお別れの会では、
ニチイの会長の挨拶が印象的でした。

 

それは、
「関西の経済人は、いい商いをしようとする人と、
お金儲けに走る人と両極端である。
私たちは、いい商いを目指した。」

 

故廣崎尚孝氏の座右の銘は、
受けた恩は、石に刻め
かけた情は、水に流せ
ということも初めて知りました。

 

振り返ってみると、私と故廣崎尚孝氏との交わりは、
一瞬でしかないと思います。
しかし、その一瞬は、私にとって極めて大切な瞬間だったと思っています。
改めて故廣崎尚孝氏のご冥福をお祈り申し上げます。

2014年7月1日

コラム:「第15回長澤杯ゴルフコンペの開催について」

平成26年6月22日(日)花の杜ゴルフクラブにて
第15回長澤杯ゴルフコンペを開催いたしました。

参加者は、12組48名でした。

 雨降りの天気予報を覆して、暑くもなく寒くもない
天候の下で長澤杯ゴルフコンペが開催できたことに
感謝いたしたいと思います。

 来年も同時期に開催いたしたいと思っています。
一口に15回と言ってもその間には、いろいろなことが
ありました。

これからも、できるだけ長く続けたいと考えています。

2014年5月26日

コラム:「若い裁判官の判断基準に疑問」

最近、若い裁判官の判断に疑問を持つことが多い。
裁判官の判断には、まず、詳細な事実の究明が必要である。
ところが、最近事実の究明を不十分な内に自らの主観的な
価値観で事案を判断し、納得できない訴訟式をされることが
よくある。

今日の裁判は、昔と違ってラウンドテーブルを
用いて行うことが多いので、裁判官の話すことが
当事者によく伝わる。

裁判官の話が自分に有利であれば、問題に
しないであろうが、いきなり不利な判断を
されたとすれば、
その当事者は、裁判官の見識を疑うことになる。

公平中立で有るべき裁判官の見識が疑われたとしたら
まともな裁判ができるはずがない。

もっとも、若い裁判官にこのような自覚があるか
疑問もある。

裁判官が法律を適用した段階で事実の認定は
止まることを理解しているのだろうか。

このままでは、国民の裁判所に対する信頼が
失われてしまう。

2014年5月13日

コラム:「小保方晴子とスタップ細胞騒動について」

この頃、スタップ細胞の発見者とされた
小保方晴子氏の取り扱いが微妙である。

早稲田の後輩だから援護するわけではないが、
小保方晴子氏が偽装する必要性があるのだろうか
という疑問がつきまとう。

30歳の年齢でこれまでエリートコースを歩いてきた人間が
偽装してまでスタップ細胞の発見をネイチャーに掲載させる必要が
どこにあるのであろうか。

スタップ細胞を掲げて理研のユニットリーダーとして颯爽と登場した
小保方晴子氏の姿が印象的だっただけに、最近の理研の対応に
心ならず苛立ちを覚える。

手法の疑惑が研究の疑惑とイコールになるのが、科学の世界のようで
ある。

しかし、私には若くて才能有る小保方晴子氏の揚げ足取りにしか見えないが
いかがなものでしょうか。

スタップ細胞の存在が仮説だとしても、後日証明されることは多々あると思われます。

理研の方々の苛立ちだけがやたら目につくのは私だけでしょうか。

もっと仮説の立証に真剣であっていいはずです。

2014年4月2日

新年度を迎えて

4月になり、新年度を迎えました。
弁護士もある程度、経験してきましたがトラブルは、
多くの場合、見解の相違を放置したまま
話を進めたり、手続きを誤ったりすることから
生ずる感情的なもつれが多いようです。

弁護士は、その中に入って両者の感情の波に
洗われるわけですが、望んで弁護士になったとはいえ
因果な商売だとつくづく思っています。

弁護士の手を煩わせないで済ませるためには、
間違えたと思っている方は、何よりも謝罪することでは
ないでしょうか。
それだけで、弁護士の仕事の2割は減るのではないでしょうか。
一考の余地があると思います。

2014年1月8日

2014年・新年のご挨拶

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
今年も皆様におかれましても
よい一年となりますようお祈り申し上げます。

さて、21世紀の4分の1が過ぎました。
これまでの生き方があり、そして新たな一歩があります。
本年は、私にっとて飛躍の年であると思います。
理由は、2つあります。
1つは、私が飛躍の年にしたいと思うこと。
2つには、いろいろな問題に目処が立って
仕事に集中できることからです。

裁判所の判決について、この頃思うことがあります。
裁判官も人の子ですから、一つの価値観を
持っています。
裁判自体は、双方の価値観のぶつかり合いと
考えても過言ではないでしょう。
各々の価値観に基づいて主張、立証がなされます。
裁判官は、双方の主張、立証を検討して
一定の結論を導き出します。
 その結論は、多くの場合、裁判官の価値観に
従ったものとなります。

ここで、問題なのは、裁判官の価値観にそぐわない
ことから敗訴する一方当事者の扱いです。
単に、判決で裁判官の価値観を述べただけでは
敗訴する一方当事者は、到底納得することはありません。

自然体という考え方があります。
自然に振る舞い、自然にものを述べる。
ものの道理にかなっていること。
それが、自然体では無いでしょうか。
自然に考えるうちには、自分の価値観と
相手の価値観に対する配慮が
あると思います。

トラブルを解決するために、トラブルを生じさせない
ようになりたいものだと考えています。

2013年11月14日

コラム:「民事介入暴力対策 和歌山大会への参加」

「暴力団に対する被害回復」
「金融機関からの暴力団の排除」

平成25年11月1日に開催された
「民暴(民事介入暴力対策) 和歌山大会」に参加しました。
テーマは、
「金融機関からの暴力団の排除と暴力団に対する被害回復」でした。

当事務所も、民暴対策を弁護士になって以来担当しておりますが、
金融機関からの暴力団の排除のメインは、回収を優先する事なく
契約を解除して強制執行などを活用しようとする考え方が中心でした。

暴力団からの被害回復は、はじめから放棄していることが多く、
とりあえず、暴力団のいやがらせから解放されれば十分であるとして、
対応してきました。

しかし、積極的に「組長訴訟」や「犯罪被害者等給付金支給法」の利用により、
被害回復の道を講ずることもできることなどが熱心に議論されていたが、
とかく諦めがちな暴力団による犯罪被害の被害回復を検討するうえで、
極めて、参考になりました。