弁護士コラム - COLUMN

2015年6月8日

「第16回長澤杯ゴルフコンペ」

平成27年6月28日(日)花の杜ゴルフクラブにおいて第16回長澤杯ゴルフコンペが開催されます。
誰でも参加できるコンペとして始まった長澤杯ゴルフコンペも回を重ね、16回になりました。

 

本年は、ゴルフの上手な方を中心に56名の精鋭が参加致します。
天気がよいことを祈っています。
結果の報告を待っていてください。

2015年4月22日

「ゴーギャンの妻」

私は、比較的本を読まない方であると思っている。
少ない読書歴でも心に残るものがある。

 

「月と6ペンス」でモームが描いたゴーギャンについては、
あまり記憶がない。
ただ、タヒチに渡ったゴーギャンを見送る妻が、
彼が女に走ったのであれば、必ず自分に戻ってくるが、
彼はそうではないから自分には戻ることはない。
と、言って街並みに消えて行ったというフレーズが残っている。

 

なかなかの言葉であると思う。

2015年4月7日

「平成27年のゴルフの打ち始め」

平成27年のゴルフの打ち始めは、3月29日であった。
例年3月までに5,6回はゴルフをするのに、
今年このように少ない理由は、次のことからである。

 

1、勤務弁護士を雇ったこと
2、事務所の体制がある程度整いつつあること
3、自分は、ゴルフのスクールに通っているが
  決してうまくならないということを自覚したこと
4、気分が、仕事をしなければならないという風に変わったこと

 

以上、本年のゴルフは、力が抜けて良い結果になるかも!

2015年4月3日

「裁判所の判決について」

近時、ある事件の判決があった。

 

その判決は判決言い渡し期日が二ヶ月も延長されたものだったので、
なにか波乱があるのではないかと思っていた。

 

しかし、当初の予想通り当方の完全勝利であった。
二ヶ月間の判決言い渡し期日の延期はなんだったのかと思う。

 

もし、私の考えている通りであれば、
判決を書いた裁判所に敬意を表さなければならないだろう。

2015年3月19日

「法律相談」

一般の人は、弁護士に相談すれば大概のことは解決できると
考えています。

 

弁護士にとって事件受任の前提である法律相談は、極めて重要です。

 

ここで問題にしているのは、事件の依頼を前提にしていない法律相談です。

 

一般の法律相談は、多くの場合時間制限があります。
その時間制限の中で弁護士は、相談者の相談内容を理解し、それに対する
一応の回答をしなければなりません。

 

法律相談をしている時に、いつも感じる事は、相談者が相談の前提としている
事実に誤りがあったとしたら、法律相談の結果としての方針や回答に誤りが生ずるのでは
ないかということです。

 

法律相談で終わる話は、弁護士が自らの手で事実を確認することはありません。
しかしながら、事実と異なる相談者の話を前提に弁護士が回答をすると、その回答は
事実にそぐわないにもかかわらず、弁護士の回答として一人歩きしそれなりの影響を与えます。

 

いま、弁護士でいる方の何割の方が、この法律相談の恐ろしさを自覚なされているでしょうか。

 

極めて怖い話だと思います。

2015年2月20日

「バランス感覚ということ」

バランス感覚の有無が問題にされることがある。
バランス感覚とは、各人によって異なるはかりを
いうのであろうか。

 

バランス感覚によく似た言葉としては、「通常人の常識」や
「その職業にとっての常識」というようなものがある。

 

なぜ、バランス感覚が問題とされるのか。
バランス感覚自体は、極めて曖昧な言葉である。
強いて、バランス感覚という言葉に込められた意味を表現
するならば、物事の収まりが良いとか悪いということではないだろうか。
バランスが良く物事が収まると、バランス感覚がとれているという表現が
使われるような気がする。

 

大上段に振りかぶらなくても弁護士が望むところは、その事件の解決が
収まるところに収まることだと思っている。

2014年9月4日

「27年前の民事裁判の実務修習について」

私の実務修習時は、仙台でした。
実務修習の最後が民事裁判で
仙台地方裁判所第二民事部に配属になりました。
第二民事部の部長は、判事と検事の交流で
検事から裁判官になった人でした。
その部長判事は、訴状を読んで結論が出るという
噂の人でした。

 

ある時、具体的事情は忘れたが、借用書に基づく
請求が認められるか否かの起案を命じられたことがありました。
私は、借用書通りの請求を認める判決を作成しました。
ところが、その部長は私の作成した判決を見て、
「この借用書は、本気で書いたものではないから
請求は認められない。」と話しました。
私は、とても戸惑い
「本当にそのような考え方ができるのだろうか。」と
思いました。
部長は、私の顔を見て「法律構成を言うならば、
強制執行免脱特約付金銭消費貸借契約ということに
なるのだろう。」と教えてくれました。
私は、「本当にそうなのか。」と疑問に思いつつもそのような
構成もあるのだろうと思いました。

 

後期修習で司法研修所に戻った私は、ある時
民事弁護の起案の問題をみたら、
まさしく部長が解説してくれたのと同様の事案でした。
私は、部長の考え通り強制執行免脱特約付金銭消費貸借契約
との起案をしました。
起案の講評において、民事弁護の教官は私の顔を見て
笑いながら「強制執行免脱特約付金銭消費貸借契約ですね。」と
言いいました。
たぶん、500人を超す修習生の起案の中で、
「強制執行免脱特約付の起案」をしたのは、
私だけだったろうと思っています。
少なくても、民事弁護の教官の私の起案に対する評価は
極めて高かったと思っています。

 

ところで、最近十分な審理の無いままに結論を急ぐ裁判官が多いと思います。
私は、その裁判官に部長のように
「何故そうなるのか。」
の説明をしてもらいたいといつも思います。
私の中でも、不完全燃焼は高まる一方です。

2014年8月11日

「仙台七夕の花火」

長い間、東京で司法試験の受験勉強をしていた私は、
隅田川の花火が再開されても、見に行く余裕もありませんでした。
昭和61年秋に司法試験に合格し、昭和62年4月に司法研修所に入所し、
同年7月初めころ実務修習地である仙台に配属になりました。

 

私が、仙台で最初に居を構えたのは大橋側の花壇の先でした。
七夕の前日、アパートの前に椅子を引っ張り出して、
花火を見た時、空いっぱいに広がる花火に、
私は自分もこのような花火を見れる立場になったのだと感動しました。

 

それから仙台で弁護士になり、26年目が経ちました。
私のマンションからは、花火大会の花火がマンションの影になって
ほとんど見えませんでした。

 

ところが、今年の花火大会は、地下鉄の工事のために
花火の打ち上げ場所が移動になりました。

 

花火を打ち上げる当日、ベランダに出て花火があがる方向を見たところ、
なんと、花火がきれいに見えたのです!!

 

私は、花火を見て、仙台に来て最初に花火を見た時の気分になりました。
あれから、25年の月日が経ちましたが、
新たな気持ちで、これからを生きようとしている私にとっては、
一番の祝福ではなかったかと思います。

 

これからの自分が、一層頑張れるような気持でいます。

2014年8月8日

「故廣崎尚孝氏のお別れの会に参加しました」

平成26年5月16日にご逝去なされた
故廣崎尚孝氏のお別れの会が
平成26年7月22日兵庫県西宮市甲子園にある
ノボテル甲子園でしめやかに営まれました。

 

故廣崎尚孝氏は、ニチイの専務取締役として
関西の経済界の重鎮でした。
私と故廣崎尚孝氏との関係は、
平成11年2月頃から同年12月頃まで、
損害賠償請求をしてきた相手方の代表者としての出会いでした。
私の故廣崎尚孝氏に対する最初の印象は、
大勢の人たちの一番奥にいて、
周囲の人よりも一段と高いところに座っているという印象でした。

 

その10ヶ月にも及ぶ損害賠償請求の交渉は、
当職の言い分をすべて故廣崎尚孝氏が受け入れたことにより、
金3億円の損害賠償が予想されたにも関わらず、
預り金3000万円の返還と金600万円の損害賠償金の支払いで終わりました。
相手方の有力者は、当職に敏腕だといいましたが、
私は故廣崎尚孝氏が、私を成長させたいとの気持ちからの
思いやりだったと思っています。

 

その後、年賀状の交換とお歳暮の交換をしていましたが、
ほとんどお目にかかることもありませんでした。
ところが、平成25年の元旦に故廣崎尚孝氏から
大きなハート形のアップルパイがお年賀として届けられました。
私は、少し戸惑いましたが、
どうしても会いたいという故廣崎尚孝氏の意思表示と考えて、
故廣崎尚孝氏に4月頃には神戸に遊びに伺いたいという連絡をしました。

 

私の手紙に喜んだ故廣崎尚孝氏は、
自分は車いすで介護の人が必ず付くけれども、
それでも良いかと何度も念を押してきました。

 

いざ私が伊丹空港に降りて、
故廣崎尚孝氏とお会いした時、
故廣崎尚孝氏は、車いすなどではなく、
ステッキをついてしっかりと立って、
私を迎えてくれました。

 

それから3日間、私とずっと行動を共にして
西宮のいろいろなところを案内して頂きました。

 

2人にとって、忘れられない時間だったと思っています。

 

その後、故廣崎尚孝氏からの便りは、
少しづつ体が弱ってきているのが、
手に取るように分かりました。

 

平成26年5月16日は、
私が故廣崎尚孝氏に紹介した弁護士が
仙台に講演に来るという日でした。
私が故廣崎尚孝氏の逝去を聞いたのは、
大阪を飛び立とうとしているその弁護士からでした。

 

故廣崎尚孝氏のお別れの会では、
ニチイの会長の挨拶が印象的でした。

 

それは、
「関西の経済人は、いい商いをしようとする人と、
お金儲けに走る人と両極端である。
私たちは、いい商いを目指した。」

 

故廣崎尚孝氏の座右の銘は、
受けた恩は、石に刻め
かけた情は、水に流せ
ということも初めて知りました。

 

振り返ってみると、私と故廣崎尚孝氏との交わりは、
一瞬でしかないと思います。
しかし、その一瞬は、私にとって極めて大切な瞬間だったと思っています。
改めて故廣崎尚孝氏のご冥福をお祈り申し上げます。

2014年7月1日

コラム:「第15回長澤杯ゴルフコンペの開催について」

平成26年6月22日(日)花の杜ゴルフクラブにて
第15回長澤杯ゴルフコンペを開催いたしました。

参加者は、12組48名でした。

 雨降りの天気予報を覆して、暑くもなく寒くもない
天候の下で長澤杯ゴルフコンペが開催できたことに
感謝いたしたいと思います。

 来年も同時期に開催いたしたいと思っています。
一口に15回と言ってもその間には、いろいろなことが
ありました。

これからも、できるだけ長く続けたいと考えています。